管理職になってしばらくの頃、私はよく、

「自分がやった方が早い」

と思っていました。

特に、技術的に難しい仕事や、他部署との調整が必要な仕事です。

技術力も経験も、自分の方が上だと思っていました。

自分が持っている人間マップを使えば、他部署との調整も早い。

相手からも、自分が対応した方が安心してもらえるだろう。

品質を担保する意味でも、自分がやった方がよい。

そんなふうに考えていました。

任せれば、完成までに時間がかかるかもしれない。

後からトラブルが出れば、対応にさらに工数がかかるかもしれない。

そして最終的に責任を取るのが自分なら、

他人の失敗のしりぬぐいをするより、自分でやって失敗した方が納得できる。

当時の私は、そう思っていました。

だから、

「自分がやった方が早い」

という考えは、私の中ではかなり合理的でした。

でも今振り返ると、少なくとも私の組織では、

短期的には正しく見えても、長期的には部下の成長機会を減らし、組織の力を広げにくくする考え方だった

と思っています。

難しい仕事ほど、自分で抱えていた

簡単な仕事なら部下に任せられました。

でも、少し難しくなると、自分でやる。

技術的に難しい。

品質への影響が大きい。

他部署と調整しなければならない。

そんな仕事ほど、自分が前に出ました。

特に他部署が絡む仕事では、

「自分がやった方が質の高い仕事ができる」

という自信がありました。

私自身、すでに他部署との人間マップを持っていました。

誰に聞けば分かるのか。

誰が決める人なのか。

誰なら話が早いのか。

それが分かっている。

さらに、これまでの仕事を通じて、他部署からある程度信頼してもらえている感覚もありました。

だから、

「自分が窓口になった方が、相手も喜ぶだろう」

と思っていました。

そして実際、自分がやれば仕事は進みます。

だから、ますます自分がやるようになりました。

「私だけが目立つ組織」になっていないか

でも、あるとき疑問を持ちました。

「このままだと、部下の人間マップはいつ作られるんだろう?」

他部署との難しい仕事を、いつも自分が担当する。

問い合わせも自分が受ける。

打ち合わせも自分が出る。

判断も自分がする。

そうすると、他部署から見えるのはいつも私です。

一方で、部下は他部署の人と話す機会が少ない。

名前も覚えてもらえない。

顔も知られない。

専門性があったとしても、

「この分野なら○○さんに聞こう」

という存在になれません。

そのとき、私は、

「私だけが目立つ組織になっていないか?」

と考えるようになりました。

自分の人間マップはどんどん大きくなる。

自分への信頼も増える。

でも、部下の地図は広がらない。

それでは、組織として強くなっているとは言いにくい。

組織は、自分が目立つためにあるわけではない。

そう感じ始めました。

「自分がやった方が早い」が、部下の経験を奪っていた

難しい仕事を自分が引き受ければ、その場の仕事は早く進みます。

でも、その仕事を経験できるのは自分だけです。

他部署との交渉。

判断。

トラブル対応。

専門家との会話。

そうした経験も、自分に積み上がっていきます。

一方、部下にはその経験が積まれません。

すると私は、

「まだ経験が足りないから任せられない」

と思う。

そして、また自分がやる。

振り返ると、

自分がやる
→ 部下は経験できない
→ まだ任せられないと思う
→ また自分がやる

という循環を、自分自身で作っていました。

「部下がまだ育っていない」

と思っていましたが、

育つ機会を渡していなかったのは自分だった

のかもしれません。

業務ごとに「窓口」と「責任者」を立てた

そこで、仕事のやり方を変えました。

チームが抱えている担当業務について、それぞれ窓口を立てるようにしました。

Aという分野はAさん。

Bという分野はBさん。

それぞれの担当者に、責任者として業務を担ってもらいます。

そして、自分宛てに問い合わせが来ても、できるだけ自分では答えないようにしました。

「それはAさんが詳しいです」

「その件はBさんと話して決めてください」

と返す。

私は答えを知っている。

その場で自分が答えた方が早い。

それでも、あえて本人へ返しました。

自分が答えられるのに、あえて答えない。

仕事を任せるときに、ゴールの共有や失敗との向き合い方をどう考えているかは、
「部下に仕事を任せるときに意識していること」
で詳しく書いています。

これは最初、かなり意識しないとできませんでした。

でも、続けていると少しずつ周囲の認識が変わっていきました。

部下自身の「人間マップ」が育ち始めた

他部署から、

「この分野はAさん」

「それならBさんに相談しよう」

と認知されるようになりました。

すると、問い合わせも直接本人へ行くようになります。

打ち合わせも本人が中心になる。

他部署のキーマンとも直接話すようになる。

そうして、部下自身の人間マップが少しずつ作られていきました。

✅私が仕事をする中で意識している
「人間マップという考え方」
で詳しく書いています。

本人自身が仕事をしながら、

誰が詳しいのか。

誰に相談すればよいのか。

誰と信頼関係を作ればよいのか。

を経験し、自分なりの地図を作っていったのだと思います。

そして、少なくとも私の部下たちは、周囲から専門家として頼られるようになることで、自信や主体性が増していったように見えました。

行動も積極的になる。

さらに詳しくなろうとする。

私は、そんな変化を感じました。

仕事を手放すのは、正直怖かった

ただ、ここまで簡単に割り切れたわけではありません。

仕事を部下に渡す。

問い合わせを部下に返す。

他部署との関係も本人たちに任せる。

そうすると、自分の出番は減ります。

正直なところ、不安も恐怖もありました。

私には、

自分の大切な武器を、どんどん人へ渡している

ように感じました。

技術。

経験。

人間関係。

判断する役割。

それまで自分の価値だと思っていたものを、人へ渡している。

そのうち、

「自分は何も持っていない人になるのではないか」

「丸腰になって、何の価値もなくなるのではないか」

そんな不安もありました。

管理職として仕事を手放すことは、

単に業務を減らすことではありませんでした。

自分の価値だと思っていたものを手放すことでもあった

のだと思います。

現実は逆だった。個人の生産性は落ち、評価は上がった

ところが、実際に起きたことは逆でした。

自分が直接処理する仕事は減りました。

プレイヤーとして直接出す成果は減ったと思います。

一方で、チーム全体を見ると、複数の人がそれぞれの分野で仕事を進められるようになっていきました。

Aさんが動く。

Bさんも動く。

それぞれが専門家として認知され、仕事を進める。

自分一人ではなく、複数の人が力を発揮するようになる。

そして不思議なことに、

プレイヤーとして直接出す成果は減った一方で、管理職としての私の評価は上がりました。

最初は少し不思議でした。

でも、後になって気づきました。

私は武器を失っていたのではありません。

自分の役割を変えていた。

仕事を手放した先でたどり着いた答えは、
私は「組織で一番暇な管理職を目指す理由」
で詳しく書いています。

プレイヤーとして自分一人が成果を出すことから、

部下へ仕事を任せ、

個々の成長を促し、

チーム全体が力を発揮できる状態を作る。

管理職としての仕事へ変わっていたのだと思います。

管理職の価値は、自分がどれだけ仕事をするかではない

プレイヤーだった頃は、

自分がどれだけ仕事をできるか。

どれだけ速くできるか。

どれだけ難しい問題を解けるか。

それが自分の価値になっていました。

でも管理職になると、それだけでは足りません。

自分一人の生産性には限界があります。

一方で、チームには複数の人がいます。

一人ひとりが成長し、それぞれが力を発揮できるようになれば、組織全体として出せる成果は広がっていきます。

私は、こんなイメージを持っています。

一人だけが良い武器を持っていても、チーム全体の強さには限界があります。

それよりも、

チーム全員が、それぞれの武器を持って戦える状態を作る。

私はその方が、組織として成果を出しやすいと考えています。

管理職の仕事は、

自分だけが最強の武器を持ち続けることではありません。

チーム全員が戦える状態を作ること。

今はそう考えています。

「自分がやった方が早い」は、本当に早いのか

今でも、

「この仕事は自分がやった方が早いな」

と思うことはあります。

実際、その瞬間だけを見れば、自分がやった方が早いこともあります。

でも、その判断を毎回続けたらどうなるか。

次回も自分がやる。

部下は経験できない。

自分の仕事は減りにくい。

部下の経験も増えにくい。

そう考えると、

「自分がやった方が早い」は、目の前の仕事だけを見れば正しいことがある。

でも、

組織全体の成長まで含めて考えると、必ずしも早くありません。

目の前の1件を早く終わらせるのか。

それとも、次から自分がいなくても進められる人を増やすのか。

管理職になってからは、後者を考えるようになりました。

まとめ|自惚れるんじゃない。自分一人の生産性なんて、たかが知れている

昔の自分に一言かけるなら、

私はこう言います。

「自惚れるんじゃない。自分一人の生産性なんて、たかが知れている。」

自分が仕事をできることに価値がない、という意味ではありません。

技術も経験も大切です。

それを積み上げてきたからこそ、人へ渡せるものがあります。

でも、管理職になってまで、

自分だけが仕事をする。

自分だけが専門家になる。

自分だけが他部署から頼られる。

それでは、組織全体の力は広がりにくい。

武器を渡す。

仕事を渡す。

責任を渡す。

他部署と話す機会を渡す。

専門家として認知される機会を渡す。

そうすることで、チーム全体が少しずつ強くなっていく。

そして気づけば、自分自身の役割も変わっていきます。

自分が目立つことより、部下が目立つことを喜べる。

それが、管理職として一つ成長できた状態なのではないか。

今はそう思っています。

今日の一歩

今、自分に問い合わせや仕事が集まっているものを一つ思い浮かべてみてください。

そして、

「本当に、自分が答える必要があるだろうか?」

と考えてみてください。

誰かをその仕事の窓口にできないか。

責任者として任せられないか。

次から、その人へ直接相談してもらえないか。

まず一つだけで構いません。

次に同じ問い合わせが来たら、

「それは○○さんが詳しいです」

と返してみてください。

あなたが答えないことで、誰かの人間マップが育ち始めるかもしれません。